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岩を彫りて工房とす
元素エネルギーが減少した後、装備者の元素熟知+40。継続時間18秒、最大2層まで重ね掛け可能。
使用キャラクター — 弓
物語
古い言葉で、こんなものがある。「天衡に山脈連なりて、岩集まりし処には玉の輝きあり」。千岩の国は豊穣の地として世に知られてきた。 そのうち、最も重要な鉱物産地であり、精錬、鍛造場所でもあるのが天衡山に位置する「黒岩場」である。 「黒岩場」は山岳に穴を掘って造られ、無数の工房や溶鉱炉、塵と灰で黒くなった坑道がつながってできている。 あちこちで狼煙が上がり、大地が赤く染まる毎日の中、この地は折り重なる岩山に住む諸部族の先人たちによって、避難所としても使われた。 話によれば、とうの昔に世の人々から忘れ去られた古い坑道があり、そこは大地の奥深くにある古の国に通じているのだとか… 『石書集録』によれば、山で最初に坑道を掘り進めたのは、現在も続く璃月の名家·雲家の祖だという。 代々鍛造を生業としてきた雲一族は、その頃から歴史の表舞台に名を残し始めるようになり、祖たる人物は後世の数多の職人たちから師と崇められた。 ただし、その人物に関する記載は、数えるほどしか歴史書に残されていない—— 「優れた技を持つ雲氏は、木を切って鳶となし、竹を削って鵲となす。三日飛び回っても落ちぬ様は、まさに天下一の職人技と言えよう。」 仕掛けの知識も鍛造の技術も、その始まりは仙人と切っても切れない関係にある。 ゆえに、かの人物は仙人の弟子と見なされ、技術は仙人から授かったものであるとされていた。 その者は世の秩序が乱れた際に帝君について戦に赴いたというのも、有名な話である。 そこで功績を立てた結果、相次いで三人の仙人からその才を認められ、仕掛けに関する秘術の教えを賜ったそうだ。 その技術の妙なること、遥か高天の雲をもぎ取り、楼閣をいくつも建設できるほどで、 さらには質の低い朽ちた木材を彫って走り回る鳥獣を作り出すことができた。それらは、本物と見紛うほどであったという。 「黒岩、雲より築かれん」という言葉は璃月に知れ渡っているが、 岩、雲の印象の衝突は、これまで詩人や講談師によって嬉々として語られてきた題材である。 「築雲」の伝説は後世の人々による一族の姓を使ったこじつけに過ぎないとしても、 昔、かの者が人生を黒岩場に奉げ、匠の技を教え伝えたこともまた紛れもない事実である。 生涯、そして伝説の最後、その者は浄土の天光の中で高みへと昇りつめ、職人を庇護する星になったとされる。 しかし伝説は結局のところ、伝説にすぎない。黒岩場を築いたのは仙人の秘術でも、つかみようのない雲や風などでもない。 それは山を一歩ずつ掘り進めた工具の力であり、岩間にこぼれた汗であり何千年もの間に大勢のごく平凡な職人がなしてきた努力の賜物なのである。 何しろ貴金の神の契約で「凡人の決意は遥か雲の上の仙人による奇跡に劣る」などと定められたことは一度もない。 「優れた技を持つ雲氏は、木を切って鳶となし、竹を削って鵲となす。三日飛び回っても落ちぬ様は、まさに天下一の職人技と言えよう。」 「その功績を並べれば、岩を彫りて工房とし、雲を築いて楼閣とし、天衡を貫いて黒岩とした。これは民に利するものである。」 「雲氏曰く、『巧とは何か?拙とは何か。民に利することを巧と言い、その他はみな拙である』。」